今月末をもって3年間勤めた職場を退社することにしました。しばらくは家庭に入って家事・育児に専念しようと思います。

復職して1年。実に苦悩ばかりでした。私には家庭と仕事の両立は無理でした。世の兼業ママの方には本当に頭があがりません。

 

 

復職半年時点の記事です

この時点でいっぱいいっぱいだった気がします。あともう少し経てば家事育児も慣れるだろう、子も大きくなって育てやすくなるだろうと思って頑張ってましたがそう上手くはいきませんでした。

 

せっかく頂いた産休・育休を復職一年で退社することは恩を仇で返す形となった気がして職場には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

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どんな環境だったのか

当時の労働形態
産休育休期間 : 予定日1か月前~子が1歳になるまでの、およそ1年1か月
勤務時間   : 朝9時半~夕方5時の時短勤務(通常朝9時~夕方6時半)
雇用形態   : 正社員

時短勤務、子供の都合で早退、急な欠勤などに理解があるとても恵まれた環境で、職種的に持ち帰りの残業はないので子育てには向いた業種・職場でした。

上司には子供が3人いて子育ての大変さをよく理解してくれていましたので朝休む電話を入れても「わかったよ」と快く言ってくれましたし、職場のスタッフも優しい人ばかりで職場には本当に恵まれていたと思います。

だったらなんで辞めたんだよって言われたら本当にその通りかもしれませんし、産休・育休中の当時の私が聞いたら「何を甘えたことを」というかもしれません。

 

恵まれた職場環境の中、仕事を辞める決断をした理由

辞める理由は様々ですが、最初の一つ目を除いては自分の問題でした。子供を育てながら働くことがこんなにも大変だとは思いませんでした。

子供が頻繁に体調を崩す

子供はよく熱を出します。一歳になったばかりの時にはほとんど仕事に行けず、病児保育に預けることもとても多かったです。39~41度の熱が出てぐったりしている時もありました。あまりにも高い熱を出した時には傍にいてあげたいと思いますよね。ですが仕事をしているとそれが出来ませんでした。

ひろの
しんどそうにしている子供を預けて仕事に行くのはいつもとても辛かったです

 

また病児保育施設の枠も風邪の時期にはいっぱいになって埋まっていることも多く、逆に病児保育に預けることが出来ても別の風邪をもらってくることもあります。病児保育料も高くつくわ子供を看ることも出来ないわで何のために仕事をしているかわからない状況の時もありました。

「高熱ほどはいかないけれど保育園へは行けない程度の熱」もよく出しました。37.5度になると保育園へは行けず、日中に熱が上がるとお迎えの電話がかかってきます。これが実に厄介で(本当に!) お迎えにいくと本人はとても元気で体力が有り余って走り回ったりしているもんですから「これで仕事切り上げることになるなんて」とよく肩を落としました。子供のお熱事情に振り回され遅刻・早退・欠勤を1か月に1回はしていました。

 

自分の親が近くにいない、いざという時に誰かに頼ることが出来ない

病児保育に預ける時には一度医師に診察してもらう必要があります。朝一で診察してもらっても仕事には遅刻して行かなくてはなりません。この診察を身内にお願いできたら、と何回思ったかわかりませんし、そもそも病児保育でなく一日みてもらえるならそれほどいいことはありません。
近くにサポートをお願いできる身内がいれば、もしかしたら仕事を続けていたかもしれません。

 

職場のスタッフに迷惑をかけている、という負い目を常に感じる

自分が産休育休取得者を待っている立場を経験したことがあるので、待たせていることがどれだけ負担であるかをよく理解していました。

職場に戻ってきたのに何回も仕事を抜けるのは申し訳なく、負い目は回数を重ねる度に強く感じました。

 

帰ってきても食べるものがない! 家の中がとにかく汚い!

帰ってきてから料理を作るだけの体力がなく、疲れて帰ってきても家に食べるものがない日が多々ありました。

我が家の場合主人がお惣菜でも大丈夫な人なので助かったのですが、もともと私自身が手料理が食べたいという人間なのと、子供には手作りのものを食べてもらいたいという考えもあったので食卓に出来合いのものが並ぶとなんとなくガッカリした気持ちになりました。またなんでも片付ける余力がなく、夕飯を食べた後の食器はシンクの上で山積み、干した洗濯物はそのまま、取り込んでもたたむことも出来ず、子供がぐずって寝かしつけをしていて、気づいたら朝になって汚い部屋に直面する……。
物が散らかって部屋が汚いのはストレスになりました。

 

子供の相手をする時間・体力的な余裕がない

ずっとEテレを見ながら一緒に歌ったり踊ったりすることが夢でした。ですがその時間帯は私が朝の準備に追われているため、うちの子はブンバボンを見てもわ~おを見ても眺めているだけでした。同じくらいの子がテレビの向こうで楽しそうにわ~おを踊っているのを見ると「うちの子にも歌って踊って楽しそうにしてほしい、楽しみを知ってほしい」「一緒に遊びたい」と思っていました。

しかし現実は朝バタバタしているお母さんと一人でテレビを見ている1歳児。もちろん朝以外もお母さんはバタバタです。休日は後回しになっている家事に追われていて、すべて終わってお出かけ出来ても結局はまた疲れて……の堂々巡りでした。

 

決定打は「二人目が欲しい」と考えた時

「こんな毎日が、これ以上の日がこれから先も続くのか」
そう考えた時にこれ以上仕事を続けることは出来ないと思いました。

これから先も子供が辛い時に一緒にいてあげれない。これ以上忙しい。これ以上仕事を抜ける……どれを考えてももう無理でした。

主人と相談し、生活のこともあるのでいつまで専業主婦でいられるかはわかりませんが、子供が大きくなって体調がしっかりするまでは家にいよう。そう決めました。

 

1年間兼業主婦を続けてみて

ひろの
ずっと感じていたのは「出来ないことに対する自分への強いストレス」でした

 

「世間にはもっと大変なお母さんがいる」「きっと自分は恵まれている方だ、出来るはずだ」「なんで出来ないんだ」そんなことをずっと考えていた気がします。

ですが実際にいたのは出来ないことでイライラして家族に当たっている自分でした。

大切にしたい家族を大切に出来ていませんでした。専業主婦になってからが頑張りどきだと思います。家で子供の面倒をみることもとても大変です。今まで通用していた「仕事をしているんだから」を理由に家事の手を抜いていたのもそうはいきません。
今度は自分を自分で褒めてあげれるようなお母さんになれるよう、大きくなった子供が誇れるようなお母さんになれるよう努めたいと思います。

 

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